ジブアシの小説

ジブアシの小説 雨水・4

石垣島に決めたのは、ただの思いつきだった。

石垣島について、特に知識があるわけでもなかった。いつもテレビで見かけるたびに、その海の透明さや空の青さ、ダイビングで見れる魚の群れの美しさなんかに目を引き寄せられて、他人事みたいな憧れだけ、行く気もなく持っていただけだ。

でもふっと、行ってみたいな、という気持ちになった。

そういう直感は、案外重要だ。

だから私はその直感が消えないうちに出発日を決めて、飛行機を予約し、旅支度を整えた。本当は特に必要のない、新しいサンダルやスカートを買いにいくうちに、少しずつ楽しい気持ちが芽生えてきて、暗い旅の始まりを予想していた私は自分でも自分の感情の変化に驚いた。

もしかしたら本当に、すっきりとした新しい私になってこの部屋に帰ってくることができるのかもしれない。

そんな希望さえ生まれ始め、その予感だけを頼りに旅行カバンを手にとったのだ。

空の青さが、東京とはもう全然違った。

生まれて初めてひとりで飛行機に乗って、生まれて初めて南国を訪れて、生まれて初めて、石垣島の空を見た。

うわぁー、というのが、馬鹿みたいだが、正直な感想だった。

だって全然違う。

空港を出るとバスターミナルに椰子の木が順番に植えてあって、その椰子の木の遥か彼方に宝石みたいな色の空が広がっていた。

初めて見る、本当に青い色の空だった。

私は二十七にもなって恥ずかしいけれど、自分の小さな世界にしか興味がなかった。これといった夢も、仕事に対する情熱も、海外への憧れもなかった。だから自分とその周りの世界を維持していくことにしか興味がなくて、その世界に自分の好きなものを積み重ねて、その中で生きていくことが私の夢であり、現実だった。

でもこの、空の色。

今までの自分がちっぽけだったと気づかせてくれるぐらい、透き通る青だった。

私はしばらく旅行カバンを手に持ったままその空を見つめた。そして達彦に連絡する約束になっていたことを思い出し、携帯電話を取り出して空の写真を撮って送ろうと腕を伸ばした。でもその小さな画面に映る空越しに本物の空を見上げていたら、カメラのシャッターを切らずに手を下ろしてしまった。

そしてそのかわりに、その空をもう一度、自分の目で遠く見上げた。

雲がひとつもない。風に、夏の匂いが混じっている。

私は納得して歩き出し、市内に向かうバスに乗った。朝早い便で来たからまだ昼前で、予定は何も決めていなかった。ホテルに着いて、荷物を置いたら何か食べて、そして、今日一日どうするかを考えよう。そう思って、走り出したバスの窓に頭を傾けた。窓の外の初めて見る風景に、何かの始まりを期待していた。

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